大阪地方裁判所 平成10年(ワ)3744号 決定 1999年3月12日
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別紙記載のとおり
主文
一 債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は債権者に対し、金二五万六六九七円を仮に支払え。
三 債務者は債権者に対し、平成一一年一月から本案第一審判決言渡しに至るまで毎月五日限り月額金二五万六六九七円の割合による金員を仮に支払え。
四 その余の債権者の申立てを却下する。
五 申立費用は債務者の負担とする。
事実及び理由
第一申立ての趣旨
債務者は債権者に対し、金三五万六六九七円を仮に支払えとの申立てを付加する他、主文第一項、第三項、第五項と同旨
第二事案の概要など
一 事案の概要
本件は、債務者との間で雇用契約を締結していた債権者が、債務者から解雇処分を受けたところ、右処分は解雇権の濫用であると主張して、債務者を相手方として賃金の仮払いなどを求める仮処分命令を申し立てた事案である。
二 前提となる事実(当事者間に争いのない事実及び疎明資料により明らかに認められる事実)
1 債務者は、肩書地に本社を、長野、浜松、鳥取及び九州などに営業所をおいて、貨物自動車運送事業を営んでいる。
2 債権者は、平成一〇年六月、債務者の九州営業所に入社し、運転手として稼働してきた。そして、債権者は、債務者の指示で、大阪、長野、広島、鳥取、東京、九州などで野菜などの荷物を積み込んだ後これを市場などまで貨物自動車で運送する業務に従事していた。
3 債務者からの給与は、毎月二〇日締めで、翌月五日が支払日である。
4 債権者は、債務者の営業用車両である大型貨物自動車(本件車両)を運転中の平成一〇年一〇月二一日午前五時三五分ころ、国道三〇八号線東大阪市長田東一丁目一七一番地先の道路上の中央分離帯に衝突する事故(本件事故)を起こし、事故現場から救急車で搬送され、頭部外傷、頚部捻挫、両下肢麻痺(脊髄ショック性)、腰部挫傷、左手挫傷により同日以降同年一一月一一日まで入院していた。
なお、本件車両は、本件事故により損傷し、廃車処分とされた。
5 債務者は債権者に対し、平成一〇年一一月一八日、解雇する旨の意思表示をした(本件解雇処分)。
6 債務者の就業規則には要旨左記の規定がある。
記
(一) 懲戒は譴責、減給、出勤停止、降職、諭旨退職、懲戒解雇の六種としその情状により決定する(五四条)。
(二) 従業員が次の各号の一に該当する場合は、懲戒解雇する。但し、特に情状酌量の余地があるか、もしくは改悛の情が明らかに認められるときは、降職または諭旨退職等の解雇以外の懲戒にとどめることがある(五七条)。
<1> 故意または重大な過失により災害を発生させ、または発生させようとしたとき(五七条七号)。
<2> 上長の正当な命令を守らないため、または安全衛生規定に違反したため重大な事故を起こしたとき(五七条八号)。
<3> 故意または重大な過失により業務に関し会社に損害を与えたとき(五七条九号)。
<4> その他前各号に準ずる程度の行為があったとき(五七条一五号)。
(三) 従業員が次の各号の一に該当するときは三〇日前に予告するか又は三〇日分の平均賃金を支給して即時に解雇することがある(一三条)。
<1> 精神もしくは身体に重大な故障があるか、又は虚弱、老衰、その他疾病等のため、業務に堪えられないと認められるとき(一三条一項)。
<2> 技術又は能率が著しく低劣のため就業に適さないと認められるとき(一三条二項)。
<3> 会社の方針に添わぬと認められたとき(一三条三項)。
<4> 会社の都合により勤務を要しないとき(一三条四項)。
三 主な争点
1 本件解雇は懲戒解雇として有効か。
2 本件解雇は普通解雇として有効か。
3 保全の必要性の有無
第三裁判所の判断
一 疎明資料および審尋の全趣旨を総合すれば以下の事実が一応認められ、右認定を左右するに足る疎明はない。
1 平成一〇年一〇月一八日以降本件事故発生時までの債権者の勤務状況は概ね以下のとおりである。
(一) 平成一〇年一〇月一八日午前一〇時、福岡県筑紫小郡市所在の債務者の九州営業所に出勤。
同日午後二時ころ、一人で本件車両を運転して九州営業所を出発。
同日午後五時ころ、熊本に到着し、同地で本件車両に商品を積載。
同日午後五時四五分ころ、熊本から尾道市に向けて出発。
(二) 平成一〇年一〇月一九日午前二時一五分ころ、尾道市に到着して商品の荷下ろしをした後、福山市に向けて出発。
同日午前四時ころ、福山市に到着して商品荷下ろし。
同日午前四時二〇分ころ、岡山市に向けて出発。
同日午前六時一五分ころ、岡山市に到着して商品荷下ろしをした後、同市を出発。
同日午後一二時四〇分ころ、茨木市に到着し、数ヵ所で商品荷下ろし。
同日午後二時ころ、尼崎市に向けて出発。
同日午後二時四〇分ころ、尼崎市に到着して商品荷下ろしの後、長野に向けて出発。
(三) 平成一〇年一〇月二〇日午前零時三〇分ころ、長野に到着して、食事の後仮眠を取る。
同日午前六時三〇分、始業点呼の後、長野の農協など数ヵ所から商品集荷。
同日正午ころ、商品の集荷終了。
同日午後二時二〇分ころ、長野を出発。
同日午後一〇時二〇分ころ、大阪府内に到着の後、東大阪市で商品荷下ろし。
同日午後一一時ころ、東大阪市を出発。
(四) 平成一〇年一〇月二一日午前一時一五分ころ、茨木市に到着し、数ヵ所で商品荷下ろし。
同日午前五時ころ、商品荷下ろしを終了し、東大阪市内の車庫へ向けて出発。
同日午前五時三五分ころ、本件事故発生。
(五) 前記(一)から(四)までの間に、平成一〇年一〇月二〇日午前零時三〇分以降同日午前六時三〇分までの間の仮眠時間のほか、移動中などに食事及び休憩時間を取った。
2 債権者は、平成一〇年八月二二日午前八時ころ、債務者営業車両を業務上運転中、長野県長野市所在の交差点で、乗用車に追突する交通事故(前件事故)を起こした。
3 債権者は、前件事故を起こした後平成一〇年八月末日まで、債務者から研修を受け、同年九月一日以降本件事故日である同年一〇月二一日までの間、長野、広島、松江、東京、大阪などへ車両を運転して商品の運搬等を行う業務に従事し、右期間中の公休日は四日に過ぎない。
4 債権者と同種の業務に従事している従業員の勤務状況は、債権者の前記勤務状況と概ね同一であり、債務者では車両運転業務に従事している従業員に対し、適宜、交通安全教育を行っているにもかかわらず、平成一〇年三月下旬ころから同年一一月下旬ころまでの間、本件事故及び前件事故を含め、従業員が他の車両あるいは構造物などに追突ないし衝突する交通事故九件を含む一九件の交通事故が発生している。
二 以上認定の事実を前提に争点1について判断する。
1 まず、自動車運送事業において、経営秩序を維持するために、交通事故を惹起した従業員たる運転手らに対し制裁として不利益を課し、当該従業員または他の従業員に対する戒めとする必要がある場合でも、懲戒処分をなしうるのは、交通事故が専ら従業員の故意、過失によるなど従業員の責めに帰すべき事由に起因する場合に限定され、労働契約関係に伴う信義誠実の原則から要請される労使双方の義務履行状況すなわち、従業員側において自動車運行上誠実義務、注意義務を尽くしたかどうか、使用者側において安全衛生に対する留意義務、配慮義務などを十分尽くしたかどうかなどを相互に公平に判断し、その結果なお交通事故の真の原因が主として従業員の領域に属する場合であって、企業秩序ないし労務の統制維持の観点からみて必要であると解される場合に懲戒権の行使が許されるというべきである。なぜなら、今日の交通環境、労働環境のもとにおいては、自動車運送事業の従業員たる運転手らが業務上交通事故を惹起し、使用者に対して損害を与えたからと言って必ずしも、従業員の不誠実な業務遂行の結果であり、直ちに従業員の債務不履行ないし信頼関係破壊行為を構成するとまでは言い得ない場合があるからである。したがって、債務者の就業規則五七条七号、同条九号の「故意または重大な過失」の文言、同規則五七条八号、同条一五号は、前記趣旨にしたがって解釈するのが相当である。
2 そこで、本件について検討するに、本件事故は、債権者が、本件事故現場付近を通行するにあたり、前方や周辺の状況を注視して進行すべき注意義務を怠り漫然と進行した過失により物損事故を起こした事案といえる。また、前件事故も、債権者には右同様の注意義務違反があったといえる。
一方、前項一の1、3、4で一応認められる債権者の本件事故直前の勤務状況、債権者と同職種の従業員の勤務状況や、債務者の指導にもかかわらず、約八ヶ月間に、本件事故及び前件事故以外に、債権者と同職種の従業員により本件事故と概ね同態様の追突事故七件を含む無視できない数の交通事故が発生していることなどを総合すれば、債権者の注意力散漫による注意義務違反を招いたのは債権者の過労ないし睡眠不足ひいては債務者の運行計画に無理があったことにもよるものと推認され、したがって本件交通事故の原因は債務者側の安全衛生に対する配慮義務に不十分な点があったことに起因することを否定できず、本件事故発生の主たる責任が債権者に存するということはできないというべきである。
また、債務者は、債権者は深酒をして業務につくなど、運転業務に従事するには不適格であると主張するが、これを一応にしろ認めるには疎明が不十分であり、債務者の右主張は採用できない。
なお、債務者は、債権者が本件事故当時に本件車両に装着してあったタコメーター用紙を隠匿していると主張する。しかし、債権者は本件事故後救急車により病院へ搬送され、平成一〇年一一月一一日まで入院していたこと、本件車両は債務者により廃車処分とされていることなどを総合考慮すれば、右タコメーター用紙が存在しないという事実から直ちに、債権者が右用紙を破棄ないし隠匿したとまで推認することはできないし、他にこれを一応にしろ認めるに足る疎明はないと言わざるを得ない。
3 以上によれば、債権者の所為は、債権者に過去に事故歴があることを考慮しても、就業規則五七条七号、八号、九号、一五号に該当するとまでは言えず、債権者に対してなされた債務者の本件解雇処分は就業規則の適用を誤り、懲戒解雇事由がないにもかかわらず行われたものというべきである。
三 争点2について
債務者は、債権者の所為は普通解雇事由に該当すると主張するが、これを認めるには疎明が不十分であるし、その他これを一応にしろ認めるに足る疎明はない。
なお、債務者は債権者は深酒をして業務につくなど、運転業務に従事するには不適格であると主張するが、これを一応にしろ認めるには疎明が不十分であることは前判示のとおりである。
四 以上によれば本件解雇処分は無効と言わざるを得ない。
五 争点3について
1 債権者は、債権者が債務者に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを求めるところ、債務者はこの地位を争っていることなど本件疎明資料及び審尋の全趣旨を総合すれば、右申立ての部分につき保全の必要性があることが一応認められる。
2 また、債権者は、債務者に対する雇用契約上の権利を有する地位に基づき賃金の仮払いを求めるところ、本件疎明資料及び審尋の全趣旨を総合すれば、債権者は債務者から支給される賃金により自己の生計を支えており、債権者がその賃金の支給を停止されることにより自己の生活に危機を生じさせていること、債権者が生活を維持するのに必要な一ヶ月当たりの賃金は平成一〇年七月から九月までに債務者から支給された手取の給与額の平均額である金二五万六六九七円を下回らないことが一応認められる。そこで、右認定の事情その他諸般の事情、特に債権者は債務者から平成一〇年一一月分から全く給与の支払いを受けていないことなどを総合考慮すれば、債権者には、金二五万六六九七円及び平成一一年一月から本案第一審判決の言渡しまでの間、毎月五日限り、一ヶ月金二五万六六九七円の割合による賃金の仮払いをうけさせる限度で保全の必要性があることが一応認められる。
六 以上のとおりであるから、被保全権利及び保全の必要性が疎明されたというべきであり、債権者の本件仮処分の申立ては前記の限度で理由があるので、事案の性質上債権者に担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。
(裁判官 尾立美子)
当事者の表示
債権者 赤澤安秀
右代理人弁護士 早川光俊
債務者 ヤマヨ運輸株式会社
右代表者代表取締役 山岡義夫
右代理人弁護士 須知雄造